2011年4月アーカイブ

みなさん、お久しぶりです。
29°です。


皆さんも御存知のとおり、3月11日に戦後観測史上最大規模の地震が東日本でありました。
1ヶ月以上が過ぎた今でも余震活動が活発に起こっています。
直接的、間接的に被害にあわれた方には心からお見舞い申し上げます。

さて、私29°は3月28日から1週間、宮城県仙台市と岩手県釜石市にボランティアに行ってきました。
初日に行った仙台では、津波の被害はありませんでしたが、ところどころに大きな地震の爪痕を見ることが出来ました。
道路は所々がひび割れ、行く途中の高速道路も全て作り直したような箇所が多く見受けられました。

また、私たちが行った時点ではガソリンスタンドには1ヶ所あたり100~150台並び、行列のガソリンスタンドのあたりに次の行列の最後尾があるようなこともあり、街中で渋滞となっていました。
また、街の自動販売機もほとんどが売り切れ状態で物不足を実感しました。
※現在では物流も回復し、ニーズが変わってきているようです。

着いた初日は、現地で活動していた日本国際飢餓対策機構(JIFH)という団体から、近くのこども病院に物資を届けて欲しいと言われ、物資を積み替えてすぐに向かいました。
病院では、物不足のため必要なものが購入できず、物資はほとんど支援に頼っているとのことで、とても喜んでいただきました。その後、個人的に頼まれていた物資を届け、その日は仙台で泊まることになりました。
翌日は、津波被害のひどかった岩手県釜石市に行くことになったため、そのための物資を積み、朝早くに出発しました。
釜石市に入った時点では、目に見えてわかるような被害が無く、店が閉じていたり自衛隊車両が目立つという以外に違和感を感じることがなかったのですが、あるところを過ぎると景色が一変し、道路の両側が瓦礫でいっぱいになっていました。

240.jpg正直、この世の光景とは思えないほどで、街中に泥と魚などが腐ったような臭いが立ち込めていました。
『この街で、自分にできることはないんじゃないか?』と思ってしまうほどに家々が瓦礫と泥で埋れていました。

しかし、現地でボランティアや物資を受け入れている教会の牧師先生に挨拶に行くと、笑顔で迎えて下さり、歓迎してくれました。そして、その日はある民家を清掃させていただくことになりました。その民家の方も、笑顔で接してくれ、私たちも楽しく清掃することが出来ました。ところが、掃除をしながら色々と話しているとその方は急に涙ぐみ、今回の地震で旦那さんを亡くされたということを教えてくれました。

244.jpg                                                                 こういう民家を掃除させていただきました。

その他にも多くの方から、津波からギリギリで逃げられた話や、一度は飲み込まれたが何とか逃げられたという話など、リアルな体験を直接聞くことができました。また、作業の中で、泥などのせいで開かなくなっている貸部屋のドアをこじ開けて欲しいと言われ、バールなどを使って開けることもありました。大家さんによると、その部屋の方とは連絡が付いていないとのことで、「一応、中を確認して欲しい」と言われ、中をみたのですが、人がいるかも知れない場所に最初に足を踏み入れるというのは今まで体験したことのない恐れや怖さがありました。

245.jpg

                                                                  掃除中。瓦礫をかたしたり、泥をどけたり。

246.jpg                                                              キレイにしました。

また、最初に掃除をさせていただいた家の方のご好意で、民家の被害にあっていない部屋を借りることができ、釜石ではそこに滞在することになりました。
街のライフラインは復旧していないため、電気・ガス・水道のない生活でした。
街灯なども無いため、夜は本当に真っ暗で、そこに「殺人犯が出た」とか「夜中に盗みしている人がいる」という噂をも合わさり、街はとても不気味に感じました。
私たちは一週間だったので、何とか過ごせましたが、このなかでいつまで停電が続くかわからず生活されている方の不安を考えると、心が締め付けられるような思いです。
その後も、清掃作業や物資の搬送、また、被害のさらにひどい地域などをまわることができました。
滞在中も街が片付いていく様子をみることができ、少し嬉しかったです。
248.jpgこの他にも、多くのことがあったのですが、とても書ききれないです。
最後に、向こうの牧師先生が言っていた言葉があるので、載せさせてもらいます。


「昔は、釜石は岩手の中でも盛岡に次ぐ都市で活気がありました。しかし、だんだんと若者が減ってきて、年配の方が多くなりました。釜石の復興と言う時に"元通り"ではいけないと思っています。元通りでは、しだいに活気が失われていき、衰退してしまいます。もちろん、現在はライフラインの復旧が最優先ですが、釜石は震災前以上に活気を取り戻さなければいけません。ボランティアの方は、支援者と被災者という区切りをなくし、支えあう同じ人間として接して欲しいと思っています。」
(※録音させていただいたのですが、喋ったそのままではありません。)

249.jpg                                                       イラン人の炊き出しもあり、美味しい食べ物を頂きました。
                                                  ちょっと話をしていたら、炊きだしやるからおいでよと言われました(笑)


このボランティアを通して、自分にできることを少しでもやっていくことが被災地の支援につながっていくと感じました。
釜石を含め、被災地では多くのニーズがあります。 また、人手も必要としています。
ボランティアだけではなく、小さなことでも自分にできることをなにか見つけてやってみていただけたらと思います。

250.jpg                   アメリカ人のボランティアの方と仲良くなりサッカーを一緒にしたりもしました。

僕は、これからも継続的な支援をしていきたいと思っています。
(具体的には、ゴールデンウィークにまた岩手に行こうと思っています。その時はまた報告させていただきます。)

↓今回参加した団体のブログです。
http://oasis-smile.blogspot.com/
毎週支援チームを派遣していて、現在は第5次チームを派遣する準備をしています。(4月18日~の予定)

↓日本国際飢餓対策機構(JIFH)のホームページです。
http://www.jifh.org/

↓滞在中に取材に来ていた岩手日報の記事
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110404_12

まず最初に東日本大震災で被災された方々およびそのご家族の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、亡くなった方々のご冥福をお祈り申し上げます。一日も早い復旧復興を祈念しております。

年度がかわりまして、あっという間に4月ですね。臨床3年ではなく臨床4年の菊苗-kikunae-です。もう、とうとう共用試験を受験する学年になってしまいました。月日が経つのは早いですね。早すぎて、何となくすごしていたらもう最終学年、国家試験ですから。ちなみに、6年間の間、偶数学年がきつくなると感じるのは私だけでしょうか。前述の4年・6年は主に共用試験、国家試験です。2年は、実習が始まって、レポートに追われ、講義のレベルも高くなります。

さて今回は将来の職業に関する興味深いアンケート結果がありましたのでお知らせしますね。 オリコンで新小学1年生の児童と親を対象とした調査の結果、『新小学1年生の親が"将来、就かせたい職業"TOP10』でなんと!女の子部門の2位に【薬剤師】が選ばれていました。ちなみに、男の子部門でも10位でした。

最初は聞いた時、嬉しかったのですが親が"就かせたい"ですからね。実際、子供が"就きたい"のは2位には【花屋】さんですからね。別に、花屋さん攻めたいわけではないですが(笑)できれば子供たちにもっとあこがれられる職業になって欲しいかなと思ったり。ただ小学一年生にとって薬剤師がまだイメージしずらいのは職業柄しょうがないのかもしれません。

この"親が就かせたい"ランキングの方は女の子で医療系がTOP3を独占していました。男の子でも、公務員など安定した職業が目立ちます。不況で就職が難しくなっているし、なにより資格を持っていると食いっぱぐれがないし給料もそこそこ良いと思われているためでしょうね。 でも、やはり専門職は親にいわれたからとかではなく、本当になりたくて、希望してなってほしいですね。  詳しくは↓
http://career.oricon.co.jp/news/86350/full/#rk

PS.今年、受験生の方、冒頭で書いた通り、私は今年の共用試験(CBT)をひかえています。ハマヤクでは先生方が最終的な目標は国家試験に合格して薬剤師のなることだからと言って、それをみすえた対策をしてくれます。受験生の方も勉強がしんどいと思います。私もまだ、4月ですが、計画表みただけでしんどくなってしまいます。(あまり、勉強が大変なようなことは書かないでと先生にいわれていますが。)つまり、辛かったり、不安なのは受験生の方だけではなく、私も辛いし、不安なんです。でも、逃げたら良い結果はでないので、一緒に頑張りましょう!そして、勉強に疲れたらハマヤクのこのブログをみましょう。
きっといろいろとためになる面白いことが書いてありますよ♪

横浜薬科大学

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